Friday, July 9, 2010

音楽家から写真家まで

一年前、僕は音楽家のように生きている。

うちでも学校でも、毎週三回か四回ビアノを練習したり、ギターを練習したりしていた。目標は難しい曲しか熟達したなかった。技術はだんだんよくなった。僕はいつも曲の感情に関するのことを強調したが、その時本当にわかるかどうか、今まで疑いを持っている。「練習時間がないので、友だち会いなくでもいい」、「自分がひとりで生活してもどうでもいい」、たぶんこんな風に考える人は本当の感情がわからないだろうか。他の人とおしゃべりする機会が少なく、他の人の心を感じする機会も少なかったから、結果は狭い感情を持ってしまった。それは自分にとっても、音楽上の成長にとっても、悪いことだ。

半年前、写真の趣味が始めるとともに、日本の留学生活も始めた。日本で多くの時間は写真にかかる。なぜなら日本でどこでもきれいな景色があるから。「日光」のような有名なところから素朴な宇都宮市まで感動的な景色もみつける。紅葉、桜や雪などの香港でぜんぜん見えない物もみえる。そして、写真をとることはいつでもでき、便利だから、僕は音楽家のような人から写真家に変わった。 写真を撮ることが好きな理由は、自分で楽しめなだら、他の人に感動させることもできる。このポイントは音楽上もできるが、時々わかりにくいところ、と音楽(とくにクラシック音楽)に関するの必要な前提知識があるので、他の人たちと交流するとき、面倒になるかもしれない。つまり、写真は音楽より簡単に他の人に分からせる。

また、自然風景がとりわけ好きだ。夕焼けを撮るのが好きだ。滝と川を撮るのが好きだ。この三つ元素がある場所は普段に遠く行きにくいので、いつも事前準備が不可欠だ。間違いところにいっちゃて欲しくないから。悪い時間に目的地に着いて欲しくないから。夕焼けを撮るのタイミングも重要だ。日没のときは時間が限られており、と千変万化する氣象のため、最高の何枚写真を撮られるのは、まるでチャレンジなゲームのようだ。だが、これも最大の楽だ。 最近、人像写真が好きになってきた。自分の仲間でも道で知らない母子でも僕の写真対像になった。彼らのうれしい様子、真面目な様子や迷惑な様子などの瞬間撮ってから、あと見てまだ彼らの情感に感じられる。 ひょっとして写真は僕の情感解放した。

最後の四ヶ月。 

とりあえず 日本ではどこも写真しよう。

5.18.2010

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